CASE 1 スーゴル
顧問先が育つサービス提供
「事務所の収益アップ」が 理由ではうまくいかない…
私たちが MAS を導入して、もう10年 ほどになります。今では MAS のおかげ で経営者の方々からも感謝され、事務所のサービスも充実し、私たちがこうありたいと思う会計事務所像に近づいていっているのを実感していますが、始めてからの数年は MAS のお客様がまったく増えていかず、とても成功していると言える状態ではありませんでした。
理由は明確で、そこに「理念」がなかったからです。じつは、私たちが MAS に取り組もうと思った最初の動機 は「MASでキャッシュポイントを増やして、事務所の収益をアップさせたい」 というものだったのです。
単に事務所の経営に軸を置くだけでは、 社員には「なぜ MASをやるべきなのか」 という考えが浸透しません。社員に浸透しなければ、お客様にも伝わるはずがありませんから、当然ですよね。
MAS の案件を獲得するには、既存の顧問先に提案し、納得してもらうのがもっとも近道です。それには、「この企業にMAS を取り入れることで必ずよい変化が生まれるはずだ」という担当者の自信と、実際にどう改善していくのかを組み立てるスキルが必要になります。
MASに対する理念がなく、サービス 定義も曖昧だった当初は、センスのある一部の社員はそれほど苦労せずそれができるが、そうでない人たちはまったくで きないという状態。事務所全体の取り組みとしては広がっていかないのです。
「せっかくいい関係を築いているのに、 変な提案をして社長との関係を壊したく ない」「そもそもどんな提案をすればいいのかわからない」「それ以前に MAS をやる意義がわからない」というのが、大多数の社員の本音だったでしょう。税務顧問料の平均が月2~3万円の時代に、MASとなると大体5万円からのサービスになりますが、それだけのお金をいただける何ができるのか、社員には具体的 なビジョンが思い描けていませんでした。 「これじゃダメだ」と思った私は、事務所のためのサービスではなく、お客様のためのサービスなんだということを明確にするために、MASに取り組む意義を洗い出すところからやり直すことにしました。それで出てきたのが、今の弊社のスローガンでもある「3億円企業創出日本一」というキャッチフレーズです。
弊社はもともと創業支援に強い事務所で、アーリーステージのお客様が非常に多いのです。ひと口に「経営支援」と言っ ても相当幅広いですから、弊社の強みを 活かしたMAS サービスを提供したいという思いがありました。そこで、アーリーステージのお客様を「3億円企業」 に育てるところまでを MAS で実現させ ようという点に狙いを定めることにした わけです。
社員全員が当たり前のように MASに取り組める組織
まず取り組んだのは、社員たちの意識改革です。それは「MAS のよさを腹の底から実感できる組織づくり」と言い換えてもいいかもしれません。
私の理想とする組織は、「全員がMASをやれる。それが普通」という組織です。 ですから、うちでは MAS に特化した専門部隊を設置していません。もちろん、3億円を超える会社の経営支援をやるには、高いクオリティのコンサルティング が必要になるので、今後はMAS 専門部隊も必要になるかもしれませんが、少なくとも3億円までの規模なら、会計事務所で働く社員ならみんなできたほうがいいというのが私の考えなのです。
3億円のラインというのは、個人経営から組織経営になる境目とも言えると思います。つまり、個人経営でやっていたものを組織化していかなくてはいけない。 しかし、組織化するための原理原則はそれほどバリエーションに富んでいるわけではありません。いったんそのプロセスを身につければ、他の企業にも同じように適用できます。
だからこそ、税務も MASも一緒に手 掛けるというのは決して効率がいいとは言えませんが、弊社では監査担当者全員が MASに取り組める組織づくりを目指すことにしたわけです。
そのために力を入れたのが、個別ミーティングです。社員には自分が担当する 企業すべてをMAS的な発想で分析してもらい、私が 1 on 1でレビューしていきます。そして MAS を提案したほうがいい企業、まだしないほうがいい企業をふるいにかけ、課題とアクションプランを共有し、必要があれば顧問先への提案 に同行するところまでおこないます。
弊社で「3億円ミッション」のもとMAS に関わる人間は35名、全部で1400 社の顧問先を持っていますから、そのすべてについてレビューするのはすごく大変でした。とはいえ、1対nでのミー ティングではあまり効果が出なかったので、こうした地道な活動のほうが社員に浸透しやすいのだと思います。
というのも、社員が問題を感じている部分と、私をはじめ MAS ができる人間が問題を感じる部分には、けっこう乖離 があるのです。私が思うに、会社の組織化や高収益化を目指す MAS は「答えのないもの」を支援する活動です。いっぽう、税務や経理の最適化は「答えのあるもの」を支援する活動。
往々にして、答えのないものを扱うのが得意な人は、答えのあるものが苦手で、答えのあるものが得意な人は、答えのないものが苦手です。会計事務所の仕事は 税務が基本ですから、後者の人が圧倒的に多い。だからこそ1on 1で丁寧にフォローしてあげる必要があるのです。
今はさすがに全員の個別ミーティングはしていませんが、1on 1 を望む社員は私のスケジュールに勝手に予定を入れていいことにしています。それを選択するかしないかは本人次第。どうしても時間がとれず、朝の7時半にミーティングを入れられたりしていますが(苦笑)、 社員のやる気に応えてあげるのが、 MAS を導入したいと言った私の責任だと思っています。
実際のところ、一社でも成功体験が得られれば、その社員のモチベーションは ドカンと上がります。まだまだすべての 社員にMAS 的な考え方が浸透しきっているとは言えませんが、近いうちにそうなるという手ごたえは感じています。
社員への教育と同時に 顧問先への教育も
こうして社員の身体に MAS の考え方が染み付いていけば、お客様と接するときにそれが自然と態度に出るでしょう。 社員が腹の底から MAS のよさを認識していたら、顧問先の社長と話しているときに「絶対にMASを取り入れるべきだ」と本気で思っているのが伝わるはずです。
それが経営者に伝わることで、経営者もMASに興味を持ち、自ら「MASをやろう」と決意し、我々と二人三脚でMASに取り組むことがでます。
それを後押しするために、私たちはサービスの提供の仕方も工夫しています。 もっとも大きな特徴は、税務と財務とを分け、MASとは別に「財務顧問」というサービスを提供しているところです。
税務顧問は、過去の取引について適正に税務処理・会計処理ができているかを見る仕事です。いっぽう MAS は、どういうビジネスを作っていきたいのかを見定め、そのためのアクションプランを構築していく仕事。
ひと口に資金繰りと言っても、どこでお金を調達するかという話だけでなく、そもそも売上が足りていないとか、収益 構造に問題があるとか、固定費の比率が高すぎるなど、さまざまな要因があります。その問題点を整理して、今後のビジ ネス構築、売上の戦略構築まで含めて考えていくのが MAS です。
とはいえ、とくに新設法人では、そも そもキャッシュフローを理解していなかったり、預金残高予測ですらできていなかったりします。すると、MAS のイメージがまったくつかないのです。
そこで、経営者に「P/Lと資金繰りは別なんだよ。この預金残高はなるべくしてなっているんだ」ということをしっか り認識していただくために、財務のことを学んでもらう。それが弊社で提供している財務顧問です。
こうした部分は、税務顧問の範囲でおこなっている会計事務所もたくさんあると思います。弊社も以前はそうでした。 顧問先が必要するタイミングで「ちょっと見てほしい」と言われ、そのつど対応する。
しかし、それでは経営者の意識も高まらず、社員の財務に対するクオリティも上がりにくいのです。そこで弊社では、あえて財務を税務とは分け、別サービスとして提供することにしたわけです。
ただし、財務顧問の契約は最長2期だけの限定です。もちろん、ずっと契約してもらったほうが事務所としてはありがたいのですが、「自社で財務が見える体制をつくる」ということが目的なので、それさえ達成すればズルズルと続ける必要はありません。
2期と限定することで、経営者も集中して学ぼうというモチベーションになりますし、アーリーステージの会社で初期から財務の知識を蓄えれば、非常にいいサイクルで企業運営ができるようになります。結果としてその先のMASにもつながり、企業と会計事務所両方の成長に結びつくという流れができるのです。
「何でもやってあげる」のは 無責任の裏返し
弊社で MAS の案件が増えだしたのは、まさにこの財務顧問のサービスを打ち立ててからです。社員への教育だけでなく 顧問先にも学んでもらう。
以前は、本当は大きなポテンシャルを持っている会社なのに、資金繰りをはじめとする財務知識がないために機会損失が発生していたり、反対に分不相応に大きな案件をとってキャッシュが回らなくなったりということが起きていましたが 財務についてしっかり理解してもらうことでそれが回避できます。
また、財務をしっかり見ると、そもそも売上が足りていないなどの課題も浮き彫りになりますから、「じゃあ、ちゃんとアクションプランを作らないとね」と、MAS への筋道が自然に形成されます。それが社員にとっても MAS をイメージするのにひと役買ってくれました。
MAS を提案する際にも、税務だけの状態から始めるとハードルが高いと感じる社員もいますが、財務顧問というステップを経ることで提案がしやすくなる。 それもこれも、「顧問先への教育」という観点が非常に重要だったと感じています。
その意味では、弊社では記帳代行とい うサービスも、あえて「帳簿作成代行」 という言葉を使っているのです。帳簿は、本来はその会社が作成するべき業務です。 それを税理士に丸投げしていては、経理の仕組みがきちんと把握できていないことになります。ですから、「本来は自社でやらなくてはいけませんよ」という意味を込めて、「帳簿作成代行」と言っているわけです。
私は、会計事務所が「何でも全部やってあげます」という姿勢でいては、ある意味、無責任なのではないかと考えてしまうのです。なるべく現金を使わなくてもすむ仕組みや、freee と連動して自動化を進める仕組みを構築し、起票しやすくするお手伝いをすれば、自社で記帳するのは難しい話ではありません。やはり多少の知識を学んでもらう必要はありますが、「お客様のため」を考えれば、むしろそちらのほうが本筋なのではないでしょうか。そして、それは社員にとっても仕事を減らすことにつながります。
弊社でも、効率化を考えて製販分離の仕組みを導入しようとしたことがありますが、「製」と「販」を分けることで出てくる弊害もあります。たとえば、お客様と接する人員と入力業務をする人員を分けると、入力業務をするためのルールがまた必要になったり、製販分離をするための会議が必要になったりします。正確に入力するための指示書も必要だし、その入力が正しいかをチェックする人間も必要です。
それは、お客様のためというよりは、会計事務所のための時間なのです。 freeeで自動化できるポイントを探ったり、工程を減らす工夫をしていけば、製販分離をしなくても、もっとシンプルに生産性を向上できます。作業に脳みそを使わずに、経営に集中できるような環境 をつくるために脳みそを使える。その点 で freee を使いこなすというのは、非常に重要だと思っています。
弊社では、こうした活動を「生産性向上プロジェクト」と銘打って取り組んでいますが、そのプロジェクト名を付けてから社員の意識が前向きに変わりました。 呼び方ひとつで捉え方が変わったりするので、言葉というのは大事なんだなと実感しています。
お客様の成長を一緒に考える。 それだけにやりがいも大きい
こうした取り組みを経て、いま弊社では順調にMASの案件が増えるようになっています。
MAS に取り組みだして10年。最初の 5年でわずか9件しか契約できなかった MAS が、この取り組みをしだした2015 年には5件、2016年には16件、去年は 29件、今年はすでに30件以上も増えています。
それに伴って、事務所の売上もアップ しています。税務だけをおこなっている 場合、1人の社員で20社担当したとし て、多くて1500 ~ 2000万円の売上で す。でも、それで頭打ちでしょう。
ところが、MAS という付加価値業務 をプラスすると、1人当たりの売上が 3000万円を優に超すことも可能になるのです。最初の動機だった「売上アップ」 が、非常にいい形で実現できるようになりました。
MAS は、お客様の成長を一緒に考えていけるものです。その過程では、自分がどれだけ力を付けられたかを突き付けられるので、責任は当然大きくなります。 しかし、そのぶんやりがいも非常に大きくなるのです。
お客様に寄り添って、一緒に成長していく――それは会計事務所としては理想的な在り方ではないでしょうか。そんな 理想の会計事務所に、いま限りなく近づいていっています。